今回は、ぼくにとって衝撃な出来事だった、2020年9月21日の北穂高岳-涸沢岳間で目撃した滑落事故について、まとめます。
今回の滑落事故に遭われた方が、とりあえずは負傷で済んだ(負傷の程度は分かりませんが)
ということが判明しましたので、自戒の念を込めて事の顛末を記述していきます。
滑落事故に遭われた方の関係者がご覧になって、気分を害された場合、コメントしていただければ対処致します。
北穂高岳‐涸沢岳間のルートについて
北穂高岳‐涸沢岳間のルートの危険度については
調べればある程度の情報が手に入ると思いますが、簡単に言うと非常に危険なルートです。
長野県と長野県山岳遭難防止対策協会は、登山者の山岳遭難を防止するため「山のグレーディング」を行いました。(中略)
県内の登山ルートの難易度を情報提供し、登山者が「自分の力量にあった山選び」をすることにより、山岳遭難の防止に役立てるものです。
長野県は、山のグレーディングを行っていますが
その中でこのルートは、最高のE難度となっています。
かの有名な剱岳(別山尾根、早月尾根)と同等の難易度であるといえば、分かりやすいと思います。
※正確には、北穂高岳‐涸沢岳‐奥穂高岳‐前穂高岳の縦走ルートがE難度です。
総合して判断すると、岩稜帯の踏破経験があり、三点支持などのスキルをマスターしている人であれば
問題なく進めるルートだが
登山初心者や岩稜帯に自信がない人は絶対行くべきではないルートです。
こんな感じの切り立った崖の横を渡ったり
梯子を登ったりします(横はもちろん崖です)
滑落事故発生当日のぼくの予定
ぼくの今回の登山の予定は
- 友人と2人パーティーで
- 前日に、涸沢ヒュッテテント場に宿泊
- 早朝起床し、北穂高岳に登頂
- 涸沢岳への分岐点に戻り、北穂高岳‐涸沢岳を縦走
- 穂高岳山荘から奥穂高岳を往復
- ザイテングラート経由で涸沢ヒュッテテント場に下山
という予定でした。
この予定の良い点は
涸沢ヒュッテテント場にベースキャンプを立てることができるため
必要最低限の荷物だけで難所に挑むことができる点です。
という装備で挑みました。
滑落事故の発生
その事故は、ぼくが涸沢槍に取り付いて、鎖場を進んでいる時に発生しました。
何やら後方で大声があがったので振り向くと
コル(おそらくニセ涸沢のコル)への下りになっている道から
大きなザックを背負った人が何回転もしながら転がり落ちていき
涸沢側の谷へ落下、姿が見えなくなる様子を目撃しました。
滑落した距離としては、50m以上でしょうか。
同時に目撃した友人が「ありゃダメだ……」という言葉を発しました。
ぼくもその時「あ、あの人死んだな」ととっさに思いました。
それくらい長い滑落距離でした。
涸沢槍の登る途中からは、谷底に落ちた滑落者の姿は視認できず
どのような容態であるかは確認できません。
長野県警が発表している、島崎三歩の「山岳通信」第200号(2020年9月29日)
で、現場写真が掲載されていたので引用します。
人間の大きさから見ても、50mは滑落しています。
滑落した人には同行者がいて、「たいちょー!!たいちょー!!」と
谷の底に向けて何度も呼びかけていました。
何かのチームだったのでしょうか。同行者の呼びかける声だけが、山に響き渡ります。
友人の冷静な判断
ぼくが呆然としていると、友人に「(携帯の)電波入ってる?」と問いかけられました。
このような状況で、すぐに通報できるかという発想になった友人はすごいと思います。
やはり有事の際に冷静な判断できるかは、その場になってみないと分かりません。
僕はできませんでした。
実際には、同行者が通報を行っている様子が確認できたので通報はしませんでしたが
同行者がパニックを起こしていたりすれば、自分が通報しなければいけなかったかもしれません。
同行者が山小屋か警察どちらに連絡したかは分かりませんが
そこで年齢が20代であること、登山届の有無について聞かれていることが
大声で通話していたので遠くからでも聞き取ることができました。
これまで、滑落事故が起きて4~5分の間の出来事です。
事故を目撃した時の、精神的な影響
この時、ぼくは目の前で起きた出来事が、現実に起きた出来事と正直思えませんでした。
人が滑落したのではなく、人形が落ちていったようなそんな錯覚も感じました。
ただ滑落した人に向けて呼びかけている同行者の存在が確認できるので
今起きている出来事は実際に起きていることだと実感が湧いてきました。
事故の状況を眺めていると、急に咳が出始めました。
学生時代から緊張すると咳が出てしまう体質になってしまっていて
そこで自分が緊張しているのだと気が付きました。
難しいルートに行く日の朝にも緊張で咳が出るのですが
登山中は集中し、山を楽しんでいるので、咳を出ることはありません。
その日の朝も咳は出ましたが、涸沢槍を登っている最中に咳は出ていませんでした。
しかし、このような事故を目撃した影響で、緊張が復活してしまったようです。
やはり体は正直だなと感じました。
この咳が出る緊張状態で登山を続けることは危険だと思ったので
咳が収まり落ち着くまで、休憩することにしました。
「落ち着こう、落ち着こう」と心の中で唱えました。
救助ヘリの出動と僕たちの下山
滑落した人の同行者が電話をして、5~6分程度で常念山脈方面から救助ヘリが飛んできました。
こんなに早くヘリが出動してくるとは思っておらず、非常に驚きました。
救助に来てくれる時間は場合によるようで、たまたま近くを巡回していた場合など早く来てくれる場合があるようです。
ヘリは滑落した人がいるであろう谷の上を滞空した後、離れていきました。
一度様子を確認するためだったのか、風が悪かったのか、素人目には分かりませんでしたが
ただただその様子をぼくは眺めていました。
そして、これ以上僕たちにできることはないと判断し、万全を期して涸沢岳に進むことにしました。
背中にヘリが滑空する音を聞きながら、無事涸沢岳に登頂。
奥穂高岳にも登頂し、ザイテングラート経由で涸沢へと下山しました。
なぜ滑落事故は起きたのか
今回発生した滑落事故が起きた原因については
滑落した本人しか本当の理由を知ることはできませんが
なぜ起きたのかを考えることに意味はあると思うので少し考えてみます。
全体として難しいルートだが、滑落した地点は危険箇所ではない
今回起きた滑落事故ですが
実際にその地点を歩いた僕から見て、危険箇所ではありません。
コルへと下る、細かい砂利や石が散らばった少し急な下り道ですが
慎重に進めば特に危険ではありません。
この程度の下り道は、どこの登山道でもあるような道です。
それでは、なぜ今回の滑落事故は起きたのでしょうか?
滑落事故が起きた理由(推測の域は出ないが)
理由1 気の緩み
よく言われることですが、一般的に難しいといわれる登山ルートの危険箇所で
滑落する人は少ないといいます。
危険箇所として有名な地点というのは、みんなある程度注意深く進むからです。
ただその危険箇所が終わった簡単な道で気が緩んでしまい
大した難易度ではない道を踏み外してしまい滑落する事例があるとよく聞きます。
今回の件が「気の緩み」に当てはまるかは分かりませんが
危険箇所が終わった、大して難しくない道という点は当てはまりますので
もしかすると気が緩んで滑落してしまった可能性は捨て切れません。
理由2 先を急いでいた?
滑落を目撃された方の証言がYAMAPにあり
涸沢岳への登りで若者が手足を使って登る所を私の横を追い抜いて行こうとしましたのでルートを譲りました。 焦って登っている感じでした。その1分後私にはラックのコールに聞こえたのですが、さっきの若者が50~60m滑落していて(略)
とあります。
滑落した人が本当に焦って登っている感じだったのかは分かりませんが
急いでいて注意散漫になり下り道で足をとられるなどして滑落してしまった可能性は考えられます。
もしそれが本当なのであれば、コースタイムに余裕をもつなど、できるだけ急ぐ要因を減らした登山を行う必要があると思います。
理由3 大きな荷物を背負っていた
滑落を目撃した時を思い出すと、滑落した人はテント泊装備のような大きな荷物を持っているように見えました。
荷物が大きく重いと、体のバランスを崩したり、下り時に踏ん張りが効かずに前につんのめってしまったりする可能性が高まります。
今回の場合も荷物が重い影響で、下り道で足をとられてしまって滑落してしまった可能性があります。
どのくらいの荷物が重いかは人それぞれですが、難ルートに行く場合はできるだけ荷物を軽くして登山する方が良いでしょう。
テント泊で縦走したい気持ちもよく分かりますが、自分の体力に見合った荷物の量で難ルートには挑む必要があります。
理由4 登山靴によるけつまずき
友人にこの滑落事故の話をした時に、ハイカットの靴でけつまずいたのではないかという意見がありました。
この滑落者がハイカットの靴を履いていたかどうかは遠かったので全く分かりませんが
縦走などでよく用いられるハイカットの靴は時と場合によってはけつまずきやすいという実感が友人にはあるようです。
ハイカットの登山靴もちゃんとした登山靴なので滑落しやすいということではありませんが
理由2の「急いでいた」場合だと、けつまずく可能性が非常に高まります。
理由5 回避することができない事例
どんなに注意深く歩いても、登山で事故に遭ってしまうことはあります。
登山に来ていた43歳の男性が、直径1メートルほどの岩をつかんでいたところ、その岩ごとおよそ2メートル下に滑落しました。岩が太ももに直撃し骨折する大けがをしました。
出典:Yahooニュース
例えば、このような事例は、正直ほぼ不可避だと思います。
他にも、どんなに慎重深く足をおろしても滑ってしまう土質の地面を踏んでしまった場合など
安全に留意して進んでいても回避できない事例に滑落者が見舞われた可能性があります。
今回の事故もそれに当てはまる可能性がありますので、滑落した人に原因があるという議論だけをするのは難しいと考えています。
なぜこの登山道が危険なのか
今回の事故を目撃して、なぜこの北穂高岳‐涸沢岳間が危険なのか再認識しました。
それは、1回のミスが生命を落とすミスになるからです。
普通の登山道の場合、もし道で足を滑らせても、重い場合でも骨折程度、頭をうつなどしなければ命は助かります。
今回の事故が起きたのは、何らかの原因で道から足を滑らせただけという、ただ1回のミスだけでしょう。その1回のミスだけで、50m以上滑落しました。
命は取り留めましたが、奇跡といっても過言ではないと思います。
死んでもおかしくなった。
いっしょに行った友人が言っていた、助かった理由として、ヘルメットをちゃんとしていたことと
大きな荷物がクッション代わりになったのではないか、ということでした。
荷物については真偽不明ですが、ヘルメットをしていたことは絶対に重要でした。
人間は絶対ミスする人間ですし、登山に絶対安全なんてことはありません。
ただ事故に遭うリスクはできるだけ減らしましょう。
それでも避けられないリスクに遭った時に後悔しない覚悟がある人間しかこの登山道は使ってはいけないと思いました。
まとめ
ぼくが涸沢、穂高に入った9/19~22で
9/21 涸沢岳からの滑落事故(負傷)滑落現場を目撃
9/21 北穂高岳からの滑落事故(負傷)涸沢テント場からヘリを目撃
9/22 前穂高吊尾根からの滑落事故(死亡)上高地からヘリを目撃
と3件も目撃した事故がありました。
登山ではすばらしい経験をすることができますが、それ相応の危険を伴います。
避けられる事故には遭わないように。
避けられない事故で命を落とさないためにも、アルプスなどの高山の登山をする人には
- 難ルートでのヘルメットの着用
- ルートの下調べ
- 自分のレベルに見合ったルートの選択
- 登山届の提出
- 登山保険や山岳遭難救済制度の加入
- 事故が起きた時の対処方法シミュレーション
を行ってほしいと思います。
以上、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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